超臨界流体を利用した環境調和型プロセスの創成

グリーンケミストリーの実現に向けて

我々の生活は様々な化学反応プロセスに支えられています。
それらプロセスの評価基準としてはまず効率やコストが挙げられますが、近年では環境調和型であることもまた必須の条件となっています。
”環境調和型”と一言でまとめましたが、その実現に向けては、反応等に関わる化学物質の毒性(人体・生態系)や可燃性、それらの曝露、漏洩リスクや安全性、廃棄物量の多寡、省エネルギー性、原料の低炭素性など、様々な環境のレベルにおける多様な要素を考えることが必要です。

当研究室では、環境調和型プロセスへの貢献が期待される”超臨界流体”の溶媒としての利用、特に水の利用に着目し、化学と化学工学を学問基盤とした研究を行っています。
超臨界技術をどのように用いればグリーンケミストリーの実現に資するか、より魅力的な反応場になるかを追求する研究を展開しています。

(0)超臨界水・超臨界流体とは?

(1)亜臨界・超臨界水を溶媒とした有機合成・未利用資源変換

(2)超臨界水を利用した微粒子合成

(3)超臨界水中の反応(酸化・熱分解・加水分解反応)を用いた無害化技術

(4)超臨界水を利用した廃棄物からの無機物資源回収

(0)超臨界水・超臨界流体とは?

水は、臨界点(374 ℃、218 atm)を超えると、通常見られない面白い性質を示すようになります。
この状態の水を”超臨界水(SuperCritical Water)”と呼びます。


超臨界水の特徴は、特徴的な溶媒物性とその調節可能性にあります。

超臨界状態の水は極性の指標である誘電率の値が極めて小さく(ε ~ 2:ヘキサンと同程度)、油などの有機物がよく溶ける一方で、塩などの無機物はほとんど溶けなくなります。また、超臨界水は拡散性がとても高く、反応場として用いた場合には極めて高速に反応が進行するという特徴があります。

一方、200~350 ℃の臨界点以下の水(亜臨界水:SubCritical Water)も興味深い性質を持ちます。例えば250 ℃では、誘電率(ε ~ 28)はエタノール程度まで減少して有機物が溶解しやすいだけでなく、イオン積(H+とOH-濃度の積)が常温より3桁程度大きい値を取ります。そのため、水自身が酸触媒反応の促進効果を持つなど、イオン反応に適した反応場となります。

さらにこれらの物性は温度と圧力の制御によって大幅に変更できるため、水という単一の物質で様々な反応に適した雰囲気にすることが可能となります。

 

 

 臨界点は物質によって異なりますが、水素結合を多く有する水の臨界点は特に高く、高速な反応が期待できる一方で、対象によっては反応制御性の向上が必要となります。
一方、二酸化炭素の臨界点は常温近傍(31.1 ℃、72.8 atm)であり、温和な条件での精密な反応に適する一方で、温度・圧力に依らず低極性の溶媒となります。
また超臨界状態のアルコール(メタノール、エタノール等)も良く用いられ、水ほどではないですが温度・圧力に応じて極性が変化する溶媒です。

超臨界流体(亜臨界を含む)の魅力は、水や二酸化炭素、アルコールといったシンプルな物質を用いることで、目的の反応(有機反応、無機反応、触媒...)に適した雰囲気に出来る点、すなわち溶媒物性による反応制御が可能になる点にあると言えます。

 

(1)亜臨界・超臨界水を溶媒とした有機合成・未利用資源変換

有機合成は、洗剤や香料、医薬品といった様々な薬品や化学製品を生み出す、我々の生活に欠かせない技術です。
近年、”グリーンケミストリー”という考え方に基づき、環境に優しい有機合成を目指す試みが盛んに行われています。
有機合成には、反応させたい物質を溶かして、温度や濃度といった反応条件を最適な状態に保つ”溶媒”が欠かせませんが、その大部分は人体や環境に有害な有機溶媒です。
当研究室では、亜臨界・超臨界水で既存の溶媒を置き換え、反応制御と環境負荷の両面でこれまでの溶媒では不可能であった有機合成反応場を実現するべく、以下のような研究を進めています。

 

・固体触媒を利用した有機合成と反応制御

固体触媒は、金属や金属酸化物など固体の表面が反応の促進効果を持つ物質であり、分離・再利用の容易さから低環境負荷の触媒として注目されています。
固体触媒反応を亜臨界・超臨界水中で行うことで、温度と圧力によって変化する高温高圧水の物性(密度、イオン積、誘電率、拡散係数…)が、固体触媒の表面物性や反応物質の輸送過程など、触媒反応の多くの過程に影響を与えると考えられ、当研究室ではそれらを積極的に利用した反応制御について研究を進めています。

例えば固体酸触媒である二酸化チタン触媒について、高温高圧水の高いイオン積が反応速度を向上すること(高温高圧水による”アシスト”)や、高温高圧水の密度変化に応じて、生成物の選択性が変化すること(高温高圧水による”選択性制御”)を明らかにしています。


このような固体触媒反応における水の溶媒効果を明らかにするため、モデルとなる反応の実験的検討と得られたデータの反応速度論的解析、さらに量子化学計算などの多面的なアプローチを行っています。
以下は水酸化マグネシウムを固体塩基触媒としたアルドール縮合反応の解析例です。


・未利用資源変換反応への応用

未利用資源の有用な化学品への変換は、資源の持続可能性や廃棄物処理など様々な観点で重要となる反応系です。
特に規模の大きいものとしては、既存の石油起源に代わって、バイオマスを起源とする燃料・化成品の製造を目指すバイオリファイナリーが注目されています。
亜臨界・超臨界水は、含水率の高いバイオマスを高効率に化学変換出来る溶媒として、その利用が期待されています。

当研究室では、上記の固体触媒反応を未利用資源変換に応用する研究に取り組んでいます。
例えば、松ヤニ精油の主成分であるα-ピネンは、酸化タングステン系の触媒を用いた亜臨界水中の反応で、単環式のテルペン類に選択的に変換されることを明らかにしています。


(2)超臨界水を利用した微粒子合成

超臨界水熱合成法は、無機塩水溶液を急速に昇温して超臨界状態にし、誘電率を大幅に低下させることで微粒子を作製する技術です。
当研究室では以下のような検討を進めています。

 ・複合酸化物微粒子の合成

2種以上の金属からなる複合酸化物は、粒径や結晶構造に加えて組成や欠損構造など高い自由度を持ち、その合成は単一の金属酸化物と比較して難しい一方で、機能性材料としての利用に大きな可能性を有します。
当研究室では、複合酸化物の生成メカニズムの解明や組成・欠損構造の制御に向けた研究を行っています。


・有機表面修飾微粒子の合成

超臨界水は多くの有機物と混和するため、微粒子合成の場に均一に有機物質を共存させることが可能となります。
このようにして合成した微粒子の表面には有機物質が存在し、有機表面修飾微粒子と呼ばれます。
有機修飾には、粒径など無機微粒子としての性質を変化させる効果、また有機溶媒への分散性など有機-無機複合微粒子としての性質を変化させる効果があります。
当研究室では、有機修飾のメカニズムやその効果に関する基礎的検討から応用検討まで研究を行っています。


(3)超臨界水中の反応(酸化・熱分解・加水分解反応)を用いた無害化技術

超臨界水中に有機物を酸素とともに溶かすと、有機物は数秒~数分で完全に分解され、後には水と二酸化炭素のみが残ります。
この反応は超臨界水酸化反応(SuperCritical Water Oxdation:SCWO)と呼ばれ、有害な有機物質を高速かつ高効率で分解・無害化することができる技術として注目されています。
一方、超臨界水中では酸素が共存しない条件においても、熱分解や加水分解といった分解反応が進行します。
これら分解反応を使って化学物質を”壊し分ける”ことで、廃棄物の性質に応じた必要十分な無害化技術の開発や、単なる無害化を超えた合成反応への展開に期待が持たれます。
当研究室では、SCWOをはじめとした分解反応について、基礎的な理論から環境リスク削減技術への応用まで幅広く研究を行っています。

・SCWOを利用した原点処理技術の開発

廃棄物処理におけるリスク削減の考え方として、原点処理の原則があります。
当研究室では、SCWOを利用した小型実験廃液処理装置「まるごとウォーターmini」を開発しました。
これは排出者個人単位で廃液の処理を行う、「究極の原点処理」を可能とする装置です。


原点処理が特に求められる廃棄物への展開例を紹介します。
一つ目は医療廃棄物であり、血液などの付着があることから、扱い次第では感染が広がるリスクがありますが、SCWOにより、プラスチック製の注射器が針を除いて完全に分解され、大腸菌も滅菌されることを確認しています。
二つ目はふぐ含毒部位であり、SCWOにより固形分の消失と毒であるテトロドトキシンの分解を確認しており、管理・輸送のリスク低減に資すると期待されます。


・反応器設計によるラジカル反応の制御

SCWOは高速な反応ですが、アンモニアや酢酸など分解に時間がかかる物質も存在します。
このような難分解性物質の分解には、他の物質と共存させることで反応性のラジカルを共有させることが効果的であり、当研究室ではラジカル源としてのメタノールを多段階で供給することで、アンモニアを効率的に分解出来ることを明らかにしています。
このような反応器設計によるアプローチにも力を入れて取り組んでいます。


・超臨界水中の反応における”水の効果”の解明

超臨界水中の反応は技術としての利用が進む一方、反応の中身については実はあまりよくわかっていません。
反応を理解するポイントとして、高密度で水が存在することにより、 気相における反応にはない「水の効果」が現れていると考えられています(下図に一例を示します)。
この効果がわかれば、いろいろな反応(有機合成や有用物質生成)への新たな展開やプロセスの改善につながると期待されます。
当研究室では、産業技術総合研究所と協力して「流通式超高圧水装置」を利用した研究を行っています。
1000気圧に達するほどの超高圧状態の水を作り出して、その中での反応を解析することで「水の効果」の解明をめざしています。
解析には、計算化学(素反応シミュレーションや量子化学計算)を取り入れて、ミクロな視点からもアプローチしています。


(4)超臨界水を利用した廃棄物からの無機物資源回収

廃棄物に含まれる有用物を回収して再利用することは、近年深刻化しつつある資源の枯渇や偏在といった問題の解決に非常に有効な手段です。
超臨界水はプラスチック等のほとんどの有機物をよく溶解する一方、金属や無機塩をほとんど溶解しません。
そのため電子基板のような有機・無機混合廃棄物を超臨界水で処理することで、有機物を除去し、無機物だけを回収することが出来ます。
さらに、超臨界水は温度や圧力の制御で性質を変化させることができるため、処理条件や装置設計を工夫することで様々な廃棄物に対応出来る可能性を秘めています。